憧れの人に憧れないのが憧れの時代

憧れの人に憧れないのが憧れの時代

ふと気づけば、人工知能がじわじわ生活に入り込んでいる

スマホにも

Facebookの顔認証もある意味人工知能。

人工知能ほどでなくとも機械化もどんどん進む。

洋服買うのも定員なしで自分でレジ。

従業員がいなくてもできることがどんどん増える。

そもそもお店で買い物をしない。

2020年には思いやり気配りが出来るロボットが誕生するらしい。

2015年頃から作曲する人工知能が私でも簡単に手に入るくらいになり

流行の音楽の裏側にはビックデーターに寄る抽出作業が当然あるとか。

商品開発にビックデーター使われたら

人間なんて叶わない。

医師の診断もコンピューター処理で誤診が激減するそう。

囲碁の世界チャンピオンもあっさり負けた。

知的ゲームの最高峰である囲碁の世界で負けたということは

知的ゲームでは人間はコンピューターに叶わないということ。

そんなハイスピードで進化する時代の中で、どんなモデルの方向性へ向かって生きることが我々に

必要なんでしょうか?

今ある既存のモデルを追いかけるのも悪くはありませんが、

例えばその生き方が本当に20年後、満足できる生き方になっているでしょうか?

今あるモデルを追いかけるのでは遅い、と私は思います。

先の先を見据えていくこと。

人工知能開発の果ては人間の生きる目的の模索です。

人間にしかできないこととは

人間の生きる意味とは

哲学的探求をせざるを得ないことは明白だと、私は思います。

手の届く小さなことに幸せを感じる努力も必要な人もいるかもしれませんが

憧れに向かってひたすら走るワクワクする生き方を選択するのに

未来的思考を創造するのは

必須ではないでしょうか?

naomijoy

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